2008年02月15日
夕霧太夫の生涯
本当に若くしてなくなった方なんですね。
もう少し長く生きていたらまた少し時代が変わったかもしれないかも知れないですね。
夕霧太夫(初代)
生年不詳 - 延宝6年1月6日(1678年2月26日)。本名は照。出身地は一説によると、現在の京都市右京区嵯峨の近くであるといわれる。いつ、どういう風に嶋原に入ったか不明であるが「扇屋」の太夫となり、のちに大坂(大阪)の新町に移住し、そこの太夫となる。ここから大坂の太夫は生まれるのである。姿が美しく、また芸事に秀でた名妓であった。若くして病没すると、大坂中がその死を悼んだという。享年は22とも27とも伝えられる。
亡くなった日は「夕霧忌」として俳句の季語にもある。墓は大阪の浄国寺、京都の清涼寺が有名だが他に徳島や和歌山にもある。
死後、夕霧とその愛人・藤屋伊左衛門とを主人公とする浄瑠璃・歌舞伎などの作品が多く作られ、それらは「夕霧伊左衛門」または単に「夕霧」と総称された。近松門左衛門の浄瑠璃『夕霧阿波鳴渡』を始めとして、浄瑠璃の『廓文章』、歌舞伎の『夕霧名残の正月』『夕霧七年忌』などがある。
毎年11月第2日曜日に清涼寺にて「夕霧供養祭」が催され、本堂での法要、嶋原太夫による奉納舞、太夫道中や墓参が行われる。
夕霧太夫(2代)
女優・中村芳子。大正9年(1920年)生まれ。中村鴈治郎 (初代)の末娘。四代目中村富十郎の再婚相手となり初代中村亀鶴を生む。父の生家であった大阪新町の妓楼・扇屋が夕霧太夫ゆかりの店であった縁で昭和55年(1980年)11月に二代目・夕霧太夫を襲名。嶋原の太夫として活躍の後、昭和62年(1987年)12月逝去。昭和63年(1988年)11月に初代夕霧太夫ゆかりの寺清涼寺に歌碑が建てられる。
あでやかに 太夫となりて 我死なん 六十路過ぎにし 霧はかなくも
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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